管理人ってどんな人?

少し長い自分史ですが、紹介したいと思います。
ページをスルーするもよし、読んでみるもよしです。
自分のなりがわかると思いますか?そう簡単なものではないですよね。

・静岡県のとある田舎に末っ子として生まれる。
・中学まで友達が居ず、いじめられてた感でネガティブ思考。
・中学2年頃、仲良かった子が心臓が悪く亡くなる。
・中3の卒業の頃にようやく自分が原因だったことに気づき吹っ切れる。
・高校に進学し、ようやく友達と呼べる人ができた。親友っぽい人も一人できる。
・幼稚園からの知り合い(高校も一緒)が交通事故で亡くなる。
・高校時代にパソコンにドハマリし、ネットワークの専門学校へ進学する。
 (プログラムはできないけど扱うのが得意なため。)
・ヒョンとしたことで上京することに(就職先が東京)
・1年半は本社勤務、それ以降(半年だけ)は出向で小山勤務に。
・その小山の出向先でネットワーク第2層の数十万単位のスイッチを扱うことに。
・主な仕事がファーム試験の手順書作成と実施。仕事がとても楽しい充実した日々を過ごす。
 (帰宅時間0時ってことがザラだったけど(笑)
・ある時、家族が祖父母の介護をしていると報告を受ける。
・自分も何かできないかと思い仕事を辞めて帰省する。
・介護中、祖父が入所先で肺炎で亡くなる。
・介護疲れか、介護から開放されたのか母親がうつ病になる。
・家族でみれるのは仕事してない自分だけ、という状況で就職が絶望的になる。
・1年半ほどパートしたり仕事してない日々を過ごす。(うつ病親の介護する日々)
・父親からヘルパー2級の講座を勧められ、もともと福祉には興味があったため行くことに。
・今の初任者研修では実習が廃止になっていますが、当時のヘルパー2級では、
   施設で約5日間の実習(ディサービス、訪問介護)があり、
   その実習先(老健)のデイサービスのパートタイマーとして仕事をすることになる。
・3年ほど仕事を休んだりしつつパートで仕事をする。後半は入所者施設に異動。
・親のうつ病もほぼ完治まで行く頃に、正社員でやる気持ちの切り替えもでき
   上司に正社員になりたいと相談を持ちかけ無事正社員になる。
・その老健にはプリセプター制度があり、元気なおばちゃん(怒られる笑)が付き
   気分の上下が激しい自分に合わせて色々と助言もして頂き1年が過ぎる。
・当時はまだ働いて3年か日数によって介護福祉士が受験できたため、2年がけで介護福祉士を取得する。
・色々あり、「焼津の介護を高め隊」に出会う。介護に真剣に向き合う姿に意識も高まる。
・3年過ぎた頃に知り合いから相談員として来ないかとオファーがあり承諾する。
・老健を辞め初の老人ホームへ。(1年はデイサービス、2年目は再び入所者施設へ)
・結局相談員としての仕事はやらせてもらえず2年で仕事を辞めてしまう。
・自分で事業でもやれたらなと思い色々と勉強するも何やりたいかわからず(笑)
・半年過ぎた頃に、ふと介護に戻ろうと決意し2日で就職先が決まり一週間後には仕事していた。
   (老健に居た頃の担当のおばあさんの息子のお嫁さんが職安の相談員をやっていて、
  まさかの相談にのってもらう事に(笑)とても仲良かった。)
・友人がホームページやYouTubeのことについて話を持ちかけられ色々と相談にのる。
・自分も何かできないかと友人と話をしたり模索し、今ここ。